時間がない。

約束の待ち合わせまであと10分。
なのにまだ着ていく服も決めていない。
アルバイトの面接だから 時間に遅れちゃまずいだろうとは思うが どうあがいても間に合いそうにない。

「くそっ」

香南は小さく苛立ちを吐き捨てた。
遅れてしまう癖は今日にはじまったことではない。
クローゼットからジーンズを適当に引っ張り出し 昨日買ったばかりでまだ袋に入ったままのTシャツを被る。
ベージュのジャケットを羽織ればバッチリとはいかないまでも まあなんとか見られるだろう。
鍵に……携帯に……それから財布。
口に出して確認しながらポケットに入れる。
お年寄りみたいじゃないかと自分でつっこみを入れニヤリと笑う。
これじゃあますます気持ち悪い。

ドアから飛び出した時点で既に約束の時間になっている。
そうだこの間発見したばかりの抜け道を使おう。
あの道なら信号がないから普通に行くよりは少しは早いだろう。
またもや気持ちの悪い一人笑いを浮かべながら香南は走り出した。

 

 突然、肩に衝撃を感じてうずくまった。

抜け道は信号はないが誰も通っていない訳ではない。
そんな当たり前の事がわからなかった訳ではないが 勢いよく曲がったところで歩行者とぶつかったのだ。

「…っ おいっ!」

青い顔でうずくまる香南にぶつかった長身の男は 慌ててその大きな身体を伏せ覗き込んだ。 
大丈夫だからと顔を上げ少しだけ手のひらで制するポーズをしたものの顔は正直に痛みに引きつっている。

「そんなに痛むのか?」

低くやさしい落ち着いた声がいつか聞いた誰かの声と似ていると思った。
誰だったのだろう。
考えながら覗き込む男を見つめる。

歳は30少し前といったところだろうか。
長身だが固く締まったというのがぴったりな感じのシャープさがその身にまっとているスーツの上品さと相まっていかにも上質さを感じさせる。
つりあがり気味のきつい目は性格の強さをあらわしているのかもしれない。
でも……あたたかい色の濃茶の瞳だ。
ふっと柑橘系のコロンが香南の鼻をくすぐった。

「おいっ 大丈夫か?」

「あっ……ごめんなさい。なんかボーっとしてました。ああ、あのこの肩元々痛めてたんで あなたのせいではないから 気にしないでください」
痛む肩を押さえたまま立ち上がり急いでいたことを思い出す。

「じゃ」

そう言ってまた走りだそうとした瞬間 ぎゅっと手首を握られた。
えっ?

「ちょっと待て そのまま帰せるわけないだろう。誰かと待ち合わせしているんなら電話して今日は断れ」

「ちょっとなにすんだよっ。離せっ」

握られた手首を離そうともがいても 全く効果はない。
長身の男は香南の渾身のもがきを鼻で笑って いとも簡単に香南をひきずったまま路肩に駐めてあった大きな車に乗り込んだ。

「出せ」
男の声に運転手がそっと車を発進させる。
香南は何を考えているのか全く読めない男の横顔をじっと見つめた。

 

 

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