なんでもいい……それが一番難しいんじゃないかよぉ。
せめてもう少し金があればなぁ。そう思いながら歩いていると脇に駐めてある車から声がかかった。
「君、そこの君」
「は?おれっ?」
「そう、君」
「なんですか?」
「ああ、君お金欲しくない?」
欲しい。
それも今すぐすごく欲しい。
でも見るからにこの怪しげな奴を信用なんか出来ない。
香南は自分の中で鳴る警鐘を信じ 怪しげな男を無視して歩いた。
それでも車は香南の歩くスピードに合わせてゆっくりと隣につけてくる。
「ねえ、君。怪しくなんかないよ。キスだけで一万円……どう?」
香南の足が止まった。
キスだけで一万。 実に魅力的だ。
だけどあの車に乗せられたらそのまま何処かに連れ込まれてもわかりゃしない。
安全に稼ぐにはどうしたらいい。
香南は必死で頭を回転させる。
「じゃ、あんた。車から降りてきてここでキスして」
「ふっ、なかなか大胆だね。いいよ」
男は車を駐め香南に寄り添い耳元で囁いた。
「じゃあキスで一万円。それでいいんだね」
なんだか陰湿な感じのする男だ。
少し気持ち悪い思いをするだけだ。
一万あればいろいろ買える 。
香南は無言で頷いた。
歩道の街路樹に背中を預けて香南はそっと目を閉じた。
男は香南の両肩の上に手を当ててゆっくりと唇を合わせてくる。
男の舌は香南のぎゅっち閉じた唇をこじ開け歯列をなぞってくる。
……気持ち悪い。
今まではこんな遊びは平気だったのに 今この唇が隼人でないと思うだけで吐き気がする。
やっと男が唇を離したときは香南は気持ちの悪さで倒れそうだった。
そのとき背中から 今一番聞きたくない声がした。
「何やってるんだ、香南」
「……隼人!!」
振り向いた香南は 冷たい無表情な顔の隼人を見た。
「じゃ、これは約束の一万だから」
男は香南の手に札を押しつける。
その目は隼人を見つめたままで 香南は呆然と札を受け取った。
「なんなんだ、その金は」
その声は怒りを通り越した冷たさがあった。
身体の震えが止まらない。