そっと窓に向け 羽織ったローブを肩に滑らす。

左肩には微かに傷跡が残るだけだ。
こうして窓に映すだけでは何もわからないほどに。
あれから隼人に連れていかれた 友達とかいう有名な形成外科医のところで傷跡は治されたのだ。
右手でそっと薄い傷をなぞる。

これをつけろと言う人の心の痛みと これを治してくれた人のあたたかい想いが指先から入ってくるようだ。


ガチャリと音がして隼人が部屋に入ってくる。
「あっ」
窓に映った隼人に香南は小さな声を上げて驚いた。
「なんだ?まだ傷が痛むのか?……あのくそ医者。金ばっかふんだくってろくな仕事をしない奴だ」
隼人は吐き捨てるように言うと 背中から香南を抱きしめその首筋に口づけた。

あえてそういう意図は感じさせないキスなのにそのあたたかさに身体が跳ねた。

「痛むのか?……ここ」
隼人はそっと傷にキスをして耳元に囁いた。

「ちがうよ。今は痛くない」
振り返ってその頬をちゅっと啄む。

「おい、泣いているのか?」
隼人に言われて自分の頬に流れているものに気づく。

「あっ」
「ったく。お前は何が悲しいんだ?」
香南は涙が見えないようにぎゅっと隼人に抱きついた。

「しあわせだから……うれしい」

「おいっ……俺は今仕事からようやく帰って来たばかりなんだぞ。明るくなるまでそんなに時間もないのに お前は俺に睡眠時間を与えるつもりがないんだな。…どこまで煽れば気が済むんだ香南」

「ち……がう…………やっぱり…ちがわない」


やさしい指が髪を撫でる。
そっと唇を合わせる。
この至福の時があったことをきっと死んでもわすれないだろう。

この世界に生まれた事を今は呪わない。

あなたに出会えたから。

だから離さないで。

そして捨てるときは……殺して。

たくさんの身体が自分の上を通り過ぎて行った。
それはあの母に仕組まれたものが多い。
裏切り 陵辱 限りなく汚されても 母を憎みたくはなかった。
そんな母にさせている自分がただただ悲しかった。
母だって自分がいなければこんな事をする人ではないはずだ。
いつか自分に笑いかけてくれる日をずっと夢に見ていた。
どんな事をされても母は自分の大事なお母さんなのだ。
それでも自分の意思に関係なく汚されるのは やはりどうってことないと思おうとしても無理があった。
傷つかないために自分からそう言う場所に出向き 相手を探した。
自分を貶めることで 陵辱されても何も感じなくしようと思った。
投げやりに生きればいいと 小さな悪さもしてみた。
それでも胸の中はいつも悲しさとやりきれなさに苛まれていた。


自分を丸ごと欲してくれる隼人に ここまで心酔してしまうのは もう自分の精神状態がギリギリのせいかもしれない。
まさに地獄に仏。溺れる者は藁をも掴む。である。


ここで隼人に捨てられたら もうがんばれないかもしれない。
香南は本気でそう思う。
自分を保っていられるかどうかの 最後のチャンスの恋だとさえ思う。

 

隼人が……すべて。

 

 

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