「おまえがまさか本気になるとはな」
大きなデスクの前に置かれたやはり大きな肘掛け椅子の背にもたれたままの男は不遜な笑いをこぼす。いまいましいと睨んだ隼人の目に男はひるみもせず ますます面白いといった風に鼻で笑った。
「ほっとけ。いいさ、何言われても。俺は香南を守る」
更に男は呆れたように両手を肩まであげ肩をすくめて見せた。
「泣く子も黙る天下の隼人様のお言葉とは思えないね。人は変われば変わるって……本当だったんだ」
「それ以上言うといくらお前でも許さんぞ」
「おおっ、怖っ」
隼人は男がもたれている椅子をさっと引くと ドンと音を立てて座った。
「だいたいさぁ、あんな子供のどこがいいんだよ。しかも……男…だろっ?」
バシンと机を叩いた音に男は口を噤んだ。
「進二!……おまえ……もし、あのことを香南に言ったら……そのときは……殺す」
「ちぇ、本気かよぉ。言わねぇよ。あの日のお持ち帰りゲームのことなんか。だいたい最初に会った奴を家にお持ち帰り出来た方が勝ちなんて 隼人が有利に決まってるよな。なんたって隼人は女しか出来ない俺と違って男もいけるんだから 最初から俺が不利じゃないか。でもまさかそんなに上手くいくとはな。あんなに金賭けた俺がバカだった」
「進二。言うなと言うことをべらべら喋ってるお前は 自殺願望でもあるのか?あん?」
顎でしゃくられて進二はようやく黙った。
「で、お前を呼んだのはだな…」
隼人は 後ろを向いて書棚の膨大なファイルからその一つをすっと抜き取った。
広げられた書類に目を通す進二は はっとはじかれたように隼人を見た。
「いいのかよ。こんな」
「ああ、いいんだ。こいつの息の根を止めてやらない限りは あいつに幸せはない」
「でも…よぉ。で、殺すのか?」
「何度も言わせるな。絶対にわからないようにな」
進二はしぶしぶ頷いて大きくため息をついた。
「期限は一年だ。慎重にな」
進二は後ろ姿のままで片手をあげて部屋から出て行った。
ケータイを取り出し履歴から電話をかける。
コール三回で透明な甘い声が出る。
「俺だ。これから帰る……ああ……あと今日は外食にしよう。この間買った服を着て待っていてくれ…じゃあ」
変われば変わる。
全くだ。
あの華奢な恋人の声一つで こんなにも幸せを感じられる。
ケータイをそっと撫でポケットにしまい隼人は自分でも苦笑する。
ひとから見たら気持ち悪い限りだな。
広げたままのファイルのなかでその恋人にそっくりな顔が微笑んでいる。
恋人の その純粋で脆い精神を不安定にさせている大元(おおもと)だ。
どれほどばかげていようとも香南を守るためなら苦しめるもの全てを排除する。
隼人は固く誓って車のキーを手に立ち上がった。
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