隼人が家に着くと 買ったばかりのスーツに身を包んだ香南は玄関に出迎えた。
「ただいま」
おかえりのかわりにそっと唇を重ねる。
ふれあうだけで唇は離れ 香南は少し不満げな顔で隼人を見上げた。
「おい。今日はこれから二人で出かけるんだぞ。おまえのご希望に応えてたら 行きそびれちまうだろうが……」
香南は恥ずかしそうに俯いた。
ここに来てから自分が変わったという自覚がある。
無防備に自分のわがままを隼人に言いまくっている。
今まで誰にも甘えて来なかった反動が一気に来たのだろうか。
こんな自分に一番自分自身が呆れている。
こんなんじゃきっと嫌われてしまう。
そう危惧する気持ちもあるのに隼人を見ると甘えたくなってしまう。
「……ごめん」
「や、別に出かける前じゃなきゃ大歓迎さ。俺はお前に愛想をつかすことは絶対にないから安心しろ」
隼人は泣きそうになっている香南をドアの外に引きずり出した。
そうでもしなければ自分の理性が切れそうなのだろう。
食事より香南を食べたくなったとか言い出しそうである。
いつもなら運転手が運転している車に乗るのだが 今日は車庫の中の赤いフェラーリに二人で乗り込んだ。
「運転するの 初めて見た」
嬉しそうな香南の声に隼人が答える。
「デートだからな」
たくさんの灯りがついて昼間とはまた違った街の雰囲気を香南は目を輝かせて楽しんだ。
到着したフランス料理の店は もう8時半を過ぎているにもかかわらず結構混んでいた。当然予約席だから 混んでいようとどうってことはないのだが たくさんの人がいる中で自分達がどうつるのか香南は気になった。
自分はともかく隼人が悪い噂を立てられたら困る。
この中にどういう人間がいるのかわかったものではない。
緊張して予約席に行くにも わざと距離をとろうとする香南に隼人は気がついたらしい。
「何を気にしてる?」
責めるような口調が いっそう香南を強ばらせる。
「誰かに見られたら 隼人がきっと困る」
「バカな。おまえを連れているんだぞ。自慢したいくらいさ」
呆れたように微笑んだ隼人に 香南の緊張は一気にとけた。
自慢したい……だって。
香南は胸の辺りがいっぱいになって幸せを感じた。
出てきた料理はどれも美味でセンス良く さすがに混んでいる訳がうなずける。
雑誌にも取り上げられていたと隼人が教えてくれた。
「おまえと来るために 俺が自分で探したんだぞ」
それがいかにも大変なことのように 隼人は自慢する。
「誰かと食事するために 自分で店を探したのは初めてだ。いつもは会社の奴らにまかせてあるからな」
慣れてるんじゃないの?とからかう香南に 隼人はぶっきらぼうに言ってみせる。
好きな人と食べる料理は どうしてこんなに美味しいんだろう。
香南はその料理と共に 幸せを味わった。
デザートを食べている時にシェフが挨拶に来た。
「これはこれは瀧瀬様。うちの店に来ていただけるなんて光栄です」
丁寧と言うよりは怯えたような丁寧さがある声だ。
「さすがに評判だけのことはあると納得した味だった。ツレも気に入ったようなのでこれからもちょくちょくくるから頼む」
少し顎をあげて どこからみても偉そうな態度は決して尊敬できるものではないが ここまでどこでも横柄な態度が貫ける隼人に 香南は半ば感心する。
それにツレだなんて言われて、まさか二人の関係までわかる訳じゃないけど
……それにしたってどういう仲かと思われるよな。
香南は困惑したままで固まった。
「ありがとうございます。お連れ様もまた是非ご一緒にいらしてください」
シェフはそういうと少しでも早く引っ込みたいのか早々に帰って行った。
「なんか隼人を怖がってたね。なんなんだろう?」
「さあ、なんでかな」
全く思い当たる節がないような顔でさらりと言うのがなんだか不自然に思える。
「あ、もしかして隼人は怖い人……とか?」
「ああ、そうかもな」
ふざけているのか本気で言っているのか隼人の言葉はわかりにくい。
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