昨日はわけもわからぬまま 強引に連れて来られた屋敷に 今日は自分の意思で訪れる。
ためらいながらもインターホンを押した香南は 使用人らしい老人に 応接間に通された。
「失礼ですが、あなたは?」
穏和だが無視を許さぬような低い声で聞かれ、返答に困る。
しどろもどろに昨日よかったらここに住むように言われて来たことを話すと、老人は驚いた風もなく少し待つように言い置いて立ち去った。
「ご主人様はもう暫くしたら戻られるそうですので、その間に風呂に入って待っているようにとのお言付けでした」
再び現れた老人はなんだかうれしそうにそう言い、香南を風呂の場所まで連れていってくれた。
風呂ってなんだよ。
いきなり準備しろってことなのか?
そんなことを何にも知らないこの爺さんに言づてるなんて。
……だって…ちょっと。
香南はまっ赤になった。
風呂からあがって案内された部屋は 昨日の部屋ではなく 大きなベットがある寝室だった。
香南はわざとベットを避け 部屋の端にあるソファに座る。
大きなスクリーンが掛けてあった。
これで観たらきっと映画館さながらの迫力なのだろうと思う。
テレビのリモコンらしき物もあるから これでテレビを見てみようかと迷ったそのとき 部屋の扉が開いた。
「待たせたね」
もう逃げられは しない。
「お前のことは調べさせてもらったよ」
当たり前のような涼しい顔で 男は続ける。
まあここで暮らせって言うくらいだから、暮らしました 泥棒でした 全部盗られましたじゃあ困るだろう。調べられるのは仕方ないのかも知れない。
香南はとくに怒るでもなく頷いた。
「かなり素行が悪いな。それに学校ほとんど行ってないだろ。」
男は眉間に皺を寄せて睨むように香南を見た。
つきつけられた言葉は 隠しようもない真実だった。
ははぁ、今俺は不合格のはんこをもらったのかもしれない。
イメージとは違う本当の自分を知って それでも好きだなんて言う奴は やっぱりどこにもいないに違いない。
少しがっかりして俯きかける香南を男は仕方ないとため息をつくような仕草で見つめた。
「……これ以降、悪い仲間とは手を切れ。それと学校は行け。別に今の所が嫌なら新学期から他の学校に入り直せばいいだけだ。了承できるか?」
えっ?……じゃあ、俺でもいいってことかよ。
香南は意図せずして嬉しそうな顔を男に晒してしまった。
……しまった。
「その顔は了承なんだな」
しばらく躊躇したあげく 香南は静かに頷いた。
「よし。じゃあこれからは俺、瀧瀬 隼人がお前の恋人だ。お前はここで暮らし俺の援助を受ける。お前の仕事は俺の恋人だ。ああ、ちなみにお前のアパートは引き払った。積み重なった借金も今さっきローン会社に支払った。それでよかったな。氷室 香南 16才」
なんかいきなりすぎる展開に思考がついていかないが ここまできたらひくにひけない。
……それに、この男、つまり瀧瀬隼人は結構俺の好みでもある。
最初に見たときはあまりの強引さに考える暇もなかったが よくよく見れば その長身なところも 引き締まった身体も 気のきつそうな上がり気味の目さえ 全てが香南の理想のようだった。
ときどき鼻につくその強引ささえ 腹立たしい気がするときはあるものの 頼りになりそうな安心感があってむしろ嫌いではない。
今まで香南は こういうタイプと関わった事がなかったから 自覚はなかったが 案外自分はこういうタイプに弱いらしい。
好きだと言われなくても 十分気になる存在である。
その上恋人になれと言われ 自分の悩みの種だった借金まで返済してくれたと言われては
いくら本気にしないでおこうと 何度自分に言い聞かせても この男に急速に傾いていく自分の心を感じる。
香南の心の中で 信じるなという警鐘と 信じたいという気持ちの二つが揺れている。
もういい。
なるようになれ。
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