横沢が立ち去った後 一成はうずくなったままの友貴をそっとソファに運んだ。

「あの子 ほんとに可愛い顔だよね。 ぼくなんかよりずっと」

はぁと大きなため息が後ろから聞え 友貴は口を噤んだ。

「いつまでもそんな事を言ってるんじゃない。そういういじいじした奴は嫌いだな」

はっきりとした冷たい声に 友気は唇を噛む。
嫌いだなんて 言わなくてもいいじゃないか。
そう言えば あいつと一成はキスしたんだ。
まだそのことについて 一成から謝ってもらってはいない。
その後の友貴の行動については 声がかれるほどお仕置きしたくせに。
普通は……普通は恋人が落ち込んだら 慰めるもんじゃないのかよ。

「さ、帰るぞ」
何事もなかったように 一成は机の横の鞄を取った。

「友。行くぞ」
まだソファから立ち上がろうとしない友貴に 一成は苛立ったような声をかけた。

「……もう いいよ。俺今日は友達と遊びに行くから。一成は一人で帰れよ」

「どうせ でまかせだろう。意地張ってないで帰ろう」

呆れたような一成に ますます腹が立つ。
自分でもこんなところで意地を張りたくないとおもっているのに 口が暴走してしまう。

「でまかせなんかじゃない!ほんとに友達と遊びに行くんだよ」

「友達?」
一成は眉を寄せて聞き返した。

「誰だそれは」

「……一成に言う必要なんかない」

そうか と言う一成の冷ややかな声を背中に 友貴は部屋を出た。





前島……はサークルに行ってしまった。
高校時代の友達はあいつしかいないし 授業以外の空き時間をほとんど一成と過ごしていた友貴には 親しく話せる友達がまだいなかった。

「困ったな」

声に出して言ってみると 尚更滑稽に聞えて 自分で笑った。
昇降口の階段に腰をかけ 何処をみるとはなく ぼおっとする。

「あ、おまえっ!」

どこかで聞いたような声だと 前を見るとそこにはあの横沢がニヤニヤして立っていた。

「暇そうだな」

ほっとけと言わんばかりに横を向くと 横沢も友貴がむいた方に顔を回してきた。

「ああ〜もしかして喧嘩かぁ」

揶揄するように横沢は明るく言った。




 

「チャンスだね。教授はまだ部屋?」

真面目に答える義務はないと 友貴は立ち上がって歩き出そうとした。

「おいっ ちょっと待てよ。いいこと教えてやろうか」
どうせろくな事を言いはしないに違いない。きっと聞かないほうがいい。

「チェッ!無視かよ。おまえ教授には婚約者がいるって知ってるの? まあ僕はそれでもOKだけどね。いい気になってると泣きを見るよ」

後ろでわめく横沢の声が意味をなさない音に聞える。

……婚約者。
全く……笑い話じゃん。



いつの間にどこをどう歩いてここに来たのかわからないままに 友貴は一成と初めてあった交差点に来ていた。

【とうりゃんせ とうりゃんせ ここはどこの細道じゃ〜】

電子音の曲が流れる真ん中で あの日ここで蹲っていた一成の幻を探した。

【行きはよいよい 帰りは怖い 怖いながらも とうりゃんせ とうりゃんせ〜 】

そう……想いが通じて一つになったときは うれしさで見えなかった。
そして今 失うことに怯えてばかりの自分がいる。
それでも  それでも前に進んでいかなくてはいけないのだ。
例えどんなに怖くても……。

点滅しかける信号に 慌てて交差点を渡り終えると そこにはあの日入った喫茶店があった。
店内に入ると あの日座った席には先客がいた。

思えばあの日初めて会った時から 一成にときめいていた。
ためらいがちなその声に 名前を聞かれて舞い上がりそうになった。

あの感情に一成の婚約者の有無なんて 関係ない。

そうだ……婚約者がいたって別にかまわない。
自分が一成を好きな気持ちは変えようがない。



久しぶりに頼んだアイスティーは あの日一成が頼んでいたのを思い出したからだ。
一口 口に含むと胸がぎゅっとした。
カランカランと音を立てて むわっと暑い外の空気が流れ込んできた。
誰かが入ってきたようだった。
窓の外に見える 大勢の人達はとうりゃんせに急かされるように一斉に歩き出している。

「友……帰ろう」
声の方を向くと 心配そうな顔の一成がそこに居た。
「どうして……」

「横沢が婚約者のことを教えたって言ったから 友貴 ちゃんと説明……」
友貴が一成の言葉を遮る。

「いいよ 説明なんか 一成に婚約者が居ても居なくても 俺の気持ちには変わりないから」

友貴は一成ににっこり笑った。

 

 


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