あの日以来 一成の家には行っていない。
もちろんはじめは一成からなんども電話やメールが来たので 友貴は電源を切ったままにした。
なるべく会わないように時間帯を選んで講義をとったり 別の廊下を通ったりして極力会わないように気を使う。
わからないように前のアパートは引き払い 大学に近い別のアパートにも越した。
引っ越しの事は前島にも言ってないから どこからも友貴の住所はわかりはしないだろ。もう関係ないのだ。
そうしなければ大好きな一成の未来を潰すことになってしまうから。


一成の講義もとるのをやめた。
生徒に優しいと評判の小川教授の講義に変えたのもそのためだ。


「小城 友貴っているか?」


その小川教授に終ったばかりの講義の後で自分の名を呼ばれ 驚きながら友貴ははいと返事を返す。
小川教授は返事をした友貴を確認すると 手招きをした。


「これこれ」


茶封筒を友貴の前に差し出して
「紫藤さんから なんだか大事な書類だそうだよ」
と言う。


礼を言って受け取ると 小川教授は納得したように頷きながら友貴を眺め じゃあと手をひらひらさせて笑いながら出ていった。
封筒の中には今日の帰りに一成の部屋に寄るようにと書かれてあった。


行けるわけがない。



先に廊下に出ていた前島は 友貴を見つけて走り寄ってきた。


「なあなあ 友貴 今日コンパがあるんだけど いきなりドタキャンな奴がいてさぁ。悪いんだけどお前でてくれない?」
両手を合わせて拝まれる。
いつも自信たっぷりの前島があんまり情けなさそうな顔をするので思わず吹き出してしまった。


「座ってるだけでいいなら」
「もちろん 座ってるだけでいいって」


前島はうれしそうにメールを打ち始めた。


「あと一人いれば言うこと無いんだけどなぁ」


自分が行くことにしてもまだ人が足りないというのだろうか。
一体何人集まるのだろう。
けれどもこういう場合 かえって人数が多い方が 自分一人が黙っていてもなんとかなりそうな気もする。
どちらかというと人付き合いが苦手な友貴だが 気持ちが塞ぎがちな今 こういう事も案外気分転換になるのかもしれないと思う。


これからすぐにも会場に向おうとする前島に 一成の所へ寄りたいと言うと 渋々ながら着いてきてくれた。


ノックをすると中から低い声の返事があった。
戸を開ける前にいきなり中から戸を引かれ 友貴は瞠目した。
中の一成は友貴の横にならんだ前島に驚いたらしく 三人ともがそのまま固まるカタチとなった。


「あの……」
沈黙を破って友貴が話し出す。


「今日はこれからコンパに行く予定があるので 寄れないことを伝えに来ただけだから……」
すごみのある冷たい目で一成は友貴を睨む。


「……なんだって?コンパって あのコンパか?」


「そうなんです。あっ もしよかったら教授もどうですか?実は一人男が足りなくて」
重苦しい空気を変えようと焦ったのか 前島は明るく冗談めかして一成に笑いかけ そして瞬間冷却にあったように目を伏せた。


「……じゃ、そういう訳だから」


一礼をして戸を閉めようとしたそのとき
「折角のお誘いだから 参加する事にしよう」
一成の低い声が響いた。


「まじっすか?!言ってみるもんだよな なあ友貴!」


舞い上がっている前島の横で 友貴は呆然と一成を見つめた。

 

 



どうせ飲むと乗れなくなるからという理由でタクシーに乗った。
助手席に前島が乗り 友貴と一成が後部座席に座る。
一成は前島がいるせいなのか 怒っているせいなのかとてもよそよそしい。
身体を半分外に向けているような格好で足を組み 視線に至っては完璧に窓の外だ。
ふっと盗み見るようにその整った顔を見る。
今まではいくらでも手を伸ばすことのできた愛おしい者が こんなに近くに居ながら距離を置かねばならないことに友貴の胸が痛んだ。


コンパの会場となっているイタリアンレストランは 近辺でも評判のお洒落な店だった。
勢いで行くと返事をしたものの 友貴の財布事情は厳しい。
前島に会費を払うと 後は小銭しか残らなかった。
どうやって帰ろう。
一瞬暗くなったが まあ なんとかなるだろうと思うしかない。

 

女性陣はもう既に到着していて 大きな長テーブルの片側に並んで座っていた。


男性陣は友貴達と 丁度同じ頃に到着した3人と合流して六人だった。
店員に促されてもう片方の椅子に並んで座る。

何も考えずに前島の後を歩いていた友貴は右手に前島 左手に一成と並んで座るカタチとなってしまった。

定員一杯に長いすに押し込まれると身体の左側が一成の腕にほとんど密着してしまう。

触れた一成のスーツの腕から ふっとよく知るコロンが香り 友貴は胸が苦しくなった。


女性陣からの視線は一成と友貴に集まった。
ひそひそと イケテるとかかわいいとか声が聞えてくる。


今日は少しでも気分が晴れるかと 前島の誘いにのったのだ。
それなのに隣に一成に座られて しかもお金もすっからかんときた。
こうなったらとことん食べて飲むしかない。


幸い 前島は喋らなくても座っていればいいと言ってくれたんだから。
乾杯が終ると友貴は目の前にあったワインを一気に飲んだ。


「おい 友 いきなり飲むな 自分が弱いこと知っているだろう」
責めるような口調で一成に言われると無性に反抗したい気持ちになる。


「……関係ない……だろ」
そう言うとボーイにグラスをあげておかわりを知らせた。


「あの紫籐さんて 彼女いるんですか?」
一時間ほど経った後 友貴の前の席に座るみなという子がためらいながらも聞いてきた。


興味津々という顔で ほとんどの女性陣が一成を注目する。


「恋人ならいますよ」
さらりと言われてみんな肩を落としたようだった。


それはもしかしたら僕のことなのか。
友貴は確認したい気持ちに襲われたが どうすることもできずに目の前のグラスを見つめる。


「友貴くんは?」
期待を込めた目で見られて返答に困る。


「……いません」
女性陣からうわぁ〜というような歓声があがる。


一瞬 友貴の腕に触れている 一成の腕が強ばったのを感じた。


「じゃあ もしかしたら今は 恋人募集中ですかぁ?」
面白おかしく語尾を上げて聞かれると 不快感を感じたが無視するのも大人げないかと 仕方なく まあ と頷いた。


「やったぁ〜!じゃぁ 立候補します」


「あっ みな狡っ〜!じゃあ ちぐさも立候補っ!」


結局3人の女の子が 立候補と叫んで手を挙げた。


「えっと みんな?冗談が過ぎるなぁ 友貴だけじゃないよ 今日はいい男が六人もいるんだからね?」
前島が声を掛けると 彼女達は嫌そうにため息をつく。


はじめからペースをあげすぎたのか 急に気持ちが悪くなってきた。


友貴は前島の耳元に言う。
「気持ち悪いから帰る。実はさぁ 会費でスッカラカンなんだ。わるいけど二千円かして」


前島は仕方ないとう顔で 自分の財布をポケットから出そうとした。


「俺も帰るから一緒に帰ろう」


お金を貰おうと出した手を ぎゅっと引っ張られて 友貴は一成にひきずられるように外に出た。


「ちょっと離せよ。俺は自分の家に帰るんだよ。金借り損なったじゃないか!」

 

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